2014年12月15日月曜日

あとわずか

 

2014年もあと少しだ。
ここにきて、現場も少し落ち着いてきた。自分の現場と他の応援が交錯して、なんだか変に慌しい1年でもあった。まあ仕事が忙しいのはとてもありがたい事だから文句は言えない。来年は更なる大量の税金が来るのも確定だ。

相棒が逝ってから、仕事や人付き合いのやり方も徐々に変わっていった1年でもあった。
応援工事も増やしたし、年末の忘年会も4,5回は参加して、俺の嫌いなコンパニオンやらキャバクラなんかにも付き合いで行ったりした。女が嫌いというわけではないけど、色を売る商売というのがどうも好きになれなかった。でも少し勉強になることもあった。
20代の若い女の子達。昼間働いて夜はキャバで、という子も結構いて感心させられた。若い子は若い子なりに夢を持ち、でも不安もあってという中で迷いながら頑張っているみたいで、そんな想いを聞いてあげているうちに女の子がいろいろと喋りだすもんだから、いつの間にか聞き手役のお父さんみたいになっていた。でもどちらかというと自分で発散するよりはこうやって聞いてあげながら、おしゃべりしていた方が気楽で楽しいし、相手も楽なんじゃないかなぁなんて勝手に思ってみたりもした。派手で露出の多い服を着ている子たちを見て「そういうのは彼氏の前だけにしてあげなさいよ」
なんて思いも一緒に抱きながら。

話しが変わるが車の話し。
今年は自分にとっては最大の暴挙に出た年でもあった。
Z51を半年で手放すことになったからだ。
横浜の店に夢の車がお手頃なプライスで売りに出ており、気がつけばお店に出向いていた。
結論から言うとまたその日に契約してしまった。Z51の下取り価格がとても高額だったのが決め手だったんだけど。
あとは、コルベットに乗りながらなんとなく感じていた事が一つだけ。
「FORDの車の方が楽しい」って事。見た目も名前もコルベットの方が華があるしスポーティで上品、造り込みもいいんだけどね。
でもやっぱりマスタングの感触の方が性にあってるみたい。同じV8でも好みの乾いたサウンドを奏でるし、顔は厳つくてもなんとなく愛嬌もあるし。

ただこいつにはマスタングの名は付いてないけど…




2014年7月7日月曜日

Route 20



単身上京してきてから30年近くの年月が過ぎた。

いままでいろんな単車や車でこの道を走り抜けてきた。


独りで走ったり…

恋人とタンデムしながら…

おんぼろのHomyにバンドの機材を積んで仲間たちと…

相棒と共に馬鹿ばなしをしながら…

仕事の道具を積んでクタクタになりながら…


        これからまたどんな風に駆けてゆくだろうか



             

2014年5月21日水曜日

2002 コルベット Z51



とうとうやってしまった。
多摩地区のシボレー店に、以前都築に見に行ったときと同じC5が入庫されていたので見に行った。
店に車を入れるとすぐにセールスの人が来た。

「シルバーのコルベット見せてください」と伝え、車を見せてもらう。
セールスの顔つきを見てると、「どうせひやかしだろ…」といった面持ちが伺える。
エンジンを掛けて、車内に座らせてもらう。ずっとディーラーで面倒を見ていたようで、12年落ちでもとにかく綺麗な車両だった。もちろん現代のインジェクションの車だからアイドリングも安定している。
コルベットが欲しくてこの前も行った都築の店の話しや、アメ車は10年乗ってたよという話しなどをしているうちに、セールスの態度が序々に低姿勢になってきて、「お見積もりだけでも…」と店内に案内された。
アイスコーシーを飲みながら、自分の仕事やアメ車好きの話しを世間話しを織り交ぜながらセールスと話した。
「試乗されてみます?」と切り出してきた。
「もちろん是非」
二人で車内に乗り込み、国道に出た。
マニュアルトランスミッションだから最初はギクシャクしたが、エンストすることもなく走行を続ける。
なんというかすごくジェントルな感じがした。OHVのV8はそれなりに重低音ではあるが、車内での会話の妨げにはならないし、乗り心地も洗練されている。よくアメ車は「マッスルカー」という風に形容されるが、これはマッスルカーではないと思った。
以前のドタ足のマスタングと比べてしまうのもなんだが、やっぱり定価700万越えのアメリカンピュアスーパースポーツ、「コルベット」だけのことはある。サイドミラー越しに写るリアフェンダーの張り出しは、それはもう尋常ではないし、ワイド&ローのデザインは唯一無二。どこからどう見てもコルベット。
結構長い時間試乗させてもらい、店にもどる。

「購入を決めていただけるようでしら、古い車ですし勉強させていただきます」とセールスに背中を押される。オレの性格が良くわかっているようだ。
「税理士に相談してみますよ」と、オレはその場で顧問税理士に電話で相談。
もちろん自分の金で買うのだから問題はないが、経費ではなに一つ落とせないことだけ念を押された。ちょっと図々しいタイプの輩なら、税理士に接待でもして手篭めにしてうまいことやるんだろうけどね、そんなことはしない。互いのためにならない。

再び店内の机に座り、再見積もり。随分と引いてくれた。
これもセールスの一連のマニュアルなのかもしれないが、オレはもう契約書に拇印していた。
5000円の手付けだけ渡した。コルベットは以前から欲しかったけど、正直この日に契約なんて考えてもいなかったから、ハンコも金もなんにも持ってなかった。
ただやっぱりこういう買い物は半ばやけくそ半分ではないが、思い切りがないと買えない。
オレもそんなに若くないし、人生一回だけだから、そんな風に自己完結していた。







そんなこんなで昼も食わずに店に3時間ぐらい居ただろうか…

2002年型 コルベット Z51 6MTが手元にくるのはいつの日か






2014年5月18日日曜日

コルベット


オレも50歳から数えたほうが早いような年齢だが、亡くなった相棒との共通点といえば、「車が好き」というのが一つあげられる。
最近はネットでコルベットやマスタングの検索ばかりしているが、今日もふとページを見てみるとC3の4MTのコルベットが神奈川方面で売り出されている。どうも出てきたばかりのようだ。
よく見ると、C3とC5の2台が出ていて、なぜか国内の某車メーカーの同一店での扱いになっている。
同じ店で2世代のスティックシフトのコルベットが見れる。もうオレの足はその店に向かっていた。
店に入ると、それはもう国産メーカーのディーラーさんだから一見さんでもにこやかに迎えてくれて、アイスコーシーなどを馳走になる。
しばらくするとそのディーラーの社長(オーナー)さんが出てきた。
「このコルベット、実は2台とも私の持ち物なんです、もう1台、C6も持ってるんですよ」だそうで…。

世の中にはいろいろな筋金入りの人間がいるものだ。おまけに「C3コルベットを4台所有していたときもあるんですよ」とのこと。いやはや、オレなんかは足元にも及ばない。

早速、裏手にある駐車場に案内してもらうと、ホワイトのC3とグレーのC5が鎮座していた。
社長さんはおもむろにKeyを取り出し、こっちがC5でこっちがC3ですと言って渡してくれた。
オレがC3コルベットを前にまごまごしていると、「車を前に出してあげましょう」といって車に乗り込み、Keyを捻ってC3のエンジンに火を入れてくれた。
キュルルッ…、ズダダンッ! ドドッ、ドドッ、ドドッ… 一発で難なくV8エンジンは鼓動を始め、ヘルシーなアイドリング。

「整備はそれなりに金掛けてますよ」
なるほど、さすが社長。なんだかすごく頼もしい。
ちなみにこの段階でオレの頭の中は「C3コルベットを乗り回す構図」で一杯になった。
正直言って、買ってしまいそうな気がする。

人生一回きり。
「カミさん子供もいないんだったらこれしかない。
去年あれだけ苦しんでいたから何か一つぐらい買ってもいいだろ」

心の中は幼稚で大人げないオレが叫んでいた。


 

2014年4月27日日曜日

山行



4月に入ってから、山を5本も歩いた。
高尾山、御前山、御岳山、武甲山、そして今日の乾徳山。
できれば夏にでも3000m峰に登りたいのもあって、トレーニングがてら関東近郊をあちこちと。
おかげで最近、ケツと太ももが太くなった。
膝があまり調子よくないから、様子を見ながら徐々に標高をあげていく。

今日の山は山梨市にある乾徳山。朝の5時半に登りはじめ、10時半に降りてきた。
標高2,031m。頂上付近は結構険しい。
最初の短い鎖場で久々にビビったし、足も震えた。
次の長い鎖場もちょっと躊躇したけど、垂直の壁というほどでもなかったので登った。でも帰りは迂回路がないとオレはたぶん降りれなかったと思う。








頂上も結構スリリングで、岩に腰をおろして握り飯を食ったけど、身体も小刻みに震えていてドキドキした。頂上は人っ子一人いなくて、乾徳山の頂きをちょっとだけ独り占めできた。






周りは360度のパノラマで、富士山や白峰三山が見えた。
南アルプスは上部が冠雪して、麓のほうは霞がかかっているので、ぽっかりと山が浮いているように見える。
山も高く大きくなると、山容もキリッとして凛々しい。




 
「またおいで」
南アが心の中に話しかけてくるような感じだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年4月6日日曜日

電動工具


川崎の金物屋にハンマードリルのバッテリーを仕入れに行った。
ネットで買った方が全然安いが、たまには領収書とらなきゃね…


 
 
 
 
日立のリチウムイオン。18vで4.0Ahの高容量。最近では5.0Ahも出始めている。

オレが仕事を始めたころは、充電式のバッテリーといえばニッカドが主流だった。
子供の頃にはラジコンで結構お世話になった代物で、普通のマンガン電池に比べてパワーもあり、充電して繰り返し使えるという夢のような電源だ。
ただ継ぎ足し充電が出来ず、必ず使い切ってから充電するのがニッカド電池の特徴でもあった。
それを補ったタイプがニッケル水素で、こいつは継ぎ足しが可能だった。
そして、7,8年ぐらい前だったかな…
リチウムイオン電池が登場して、パワーも電池の持ちも更に良くなった。
家電でも車でも工具でも身のまわりにある物すべての物は、省電力なのに沢山仕事をこなせるように日々進化している。
特に日本のマキタや日立の工具は海外のものよりやっぱり一歩抜きん出ていて、小型で高性能でタフだ。
こういったメーカーの開発陣の仕事ぶりも素晴らしいと思うけど、あえて一つだけ言わせてもらえるなら…
もうすこし手頃な価格にならないかなぁという事か。
悲しい話しだけど、現場で真っ先に盗難に遭うのがこういうバッテリー型の工具や電線類、コンプレッサー類という高価なものだ。
パチもんのバッテリーもネットで沢山出回っているけど、やっぱりメーカー純正品の方が性能品質がいいしね。
もし次なる電源が登場するとしたら次はどんな物だろう。ちょっと楽しみだな。でも高いだろうな…

2014年4月2日水曜日

車とアルミホイール



ヤフオクにてランクスにつけるホイールを個人から落札した。
買ったときについてたトムスの井桁はガリだらけなので、冬のスタッドレス用にでもしようかと思う。





手に入れたのはRAYSのグラムライツ。傷もなくてとても美品。
タイヤのエコピアも2013年ものだからまだまだ使える。
これで53,000円。まともに買うと20万ぐらいはするんじゃなかろか…
ヤフーオークションも随分昔からお世話になっており、アルミを手に入れるのも3セット目だ。





1セット目は2004年、V6マスタング用に落札したmooneyesのLSフープ。
95,000円だった。とっくに廃盤になってると思うけど、これもまともに買ったら何十万コースだろう?
このビレットアルミを付けた時はほんとにうれしくて、車のあまりの変貌ぶりにいつもニヤニヤしていたっけか。






2セット目は2009年、RAYSのマツダスピード。moonのアルミはV8コブラには付けられなくて、5万円で売り払い、新たに45,000円で落札。もともとはゴールドだった色を自分で黒ペンキで塗り、スタッドの穴をドリルで大きくして付けた。

当時は金がないのとDIY好きでいつも倹約してた。でも逆にすごく愛着もわいたし、楽しかった。
今でもその貧乏性が残っていて、いつも手を真っ黒けにしてやってるけど、この辺の性格はなかなか直らないね…



2014年3月31日月曜日



今年も綺麗に咲いた。

こういう風に思えるって事は、自分もその土地も良きにつけ悪しきにつけ、無事に春を迎えられたという証でもある。

ちょうど去年の今頃、車椅子を押しながらこうして駅前のデッキ上で相棒と桜を眺めていったけ…
でも今年は俺一人で見ることになっちゃった。

あの人はよく口癖で「今年も桜を見れたのう…」ってしみじみ言ってた。
できればまた一緒に桜を見たかった。

桜を見ながら目が潤んでくることは今まで一度もなかった。
それだけ平穏に過ごせていたということだ。

「歳を取ると涙もろくなる」って良く言われるけど、別にただ歳を重ねたからそうなる訳ではない。
ちょっとしたきっかけで苦楽を思い出してしまうからだ。
いいのか悪いのかわからないけど、そんな事がわかる精神状態になったという事だ。

2014年3月27日木曜日

ドラマ


袴田事件、再審確定のニュースがテレビで流れている。

一方では芸能人の誰がくっついただの離れただの、どこの店の料理は絶品だのというニュースもまた同じように流れている。
天と地ほど重さの違いがある内容だけど、数あるニュースの中の一つとして人々の話題からはすぐに忘れ去られてしまうだろう。

つい先日までソチオリンピックをやっていた。
10代の若いアスリート達の活躍も目立ち、マスコミは大いに取り上げ賞賛し、特別番組を設ける。
かたや、この事件の被告とその姉は何十年と理不尽な状況の中で戦い続けてきている。
とても長くて苦しいドラマの連続だったに違いない。
真実は神のみぞ知る、ではないが、本当にこの事件が冤罪事件であるのならば、被告やその家族達には金メダル以上のものをあげてもいいのではないのか。

「成功者」
何をもって成功とするのかわからないが、人事を尽くしても尚、苦しい思いをしている人はたくさんいる。
地味で日の当たらない場所にも、とてつもなく大きなドラマはたくさんあるんだ。














2014年2月25日火曜日

アメ車に乗りたい


 マスタングを手放して1年も経っていないが、なんだか最近またアメ車が欲しくてしょうがない。
仕事用にと、面白そうな国産マニュアル車を購入してみたものの、なんだか張り合いがないしつまらない。朝のドライブもする気になれない。
嫁さん探すとか不動産を買うとか、世間一般の大人がやる事に重きを置けばいいのに、やっぱり車に目がいく。
嫁さん探すって言ったって、いまさら同年代のおばちゃんを口説く気にもなれない。まことに勝手なことだけど、若い娘さんでないとアメ車同様、心ときめかない。こんな考えだから「馬鹿は馬鹿なりに好きな車でも買って張り合いを作るか」みたいな結論に向かってしまう。

休みの暇つぶしがてら、江戸川区の車屋に気になる車を見に行った。
なんだか怪しげな店内に入ると、お決まりのホスト系の若いあんちゃんが出てきた。
在庫のビスタブルーのマスタングの事を聞いたら、委託だから店には置いてないって…


ネットに書いてある車両情報もかなりチグハグと言うか、マスタングのことあまり知らない感じがありありと伝わってくる。
でも値段はかなり安く出ているしディーラーものだ。
ただ、店内や店員の雰囲気から言って「車を買うだけの店」、という感じがした。現状で安く売ってもらって、その後の事は自分で対処、ぐらいの考えならお得な買い物かもしれない。
実際、下駄がわりに気楽に乗るならこれで申し分ないと思う。





そしてもう一つすごくと気になっているのがこれ
コルベットのGRANDSPORTS,LT4。1996年型の希少な車。

5700ccのスティックシフト。世界での生産台数は1000台しかない。
国内にどれぐらい現存しているだろうか。
オレの好みにドンピシャだ。

ただこの車、生産から20年近く経過している、所謂ネオクラシック的な車でしかも並行車。
とっつきやすさから言ったら断然前者のマスタングの方が有利だ。
ただやっぱり、男っぽくて硬派で珍しくて、所有する喜び度合いから言ったら断然こっちだろう。
一回ぐらいはコルベットを転がしてみたいしね。




今月は確定申告も済んで、事業主2年生となる。
しばらくおとなしく仕事して金貯めて安い家でも買うか、なんて思惑も最初あったけど、1年もしないうちにこんな事考えて、やはりオレは偉くないな…
一人で持ち家なんかに住んだってちっとも面白くないだろうし、なにか一つぐらいワクワクしたいと思うのは勝手な男の考えなのか
心にポッカリ空いた穴を何かで満たしたいと思っているせいなのか…

2014年2月8日土曜日

ラジオから流れてきた歌声



陽も昇っていない朝
仕事に向かう車中、J-Waveから聴こえてくる歌声。

ギターとボーカルだけのシンプルな楽曲
誰だろう、とってもいい声…

曲の終わりにD.Jが言った。
「Joni mitchelle」
曲名は聞き取れなかった。






なんとなく聞いた名のアーティストだったけど…

この人がそうだった。

今まできっと聴いていたに違いない。
気にも留めなかった。
でも、急に心の隙間にスッと入ってくる。






半世紀近く時が経っていても、こんな風に人を魅了できるんだ。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2014年2月1日土曜日

請負工事


次の現場が決まった。
高輪にあるタワーマンション。
何はともあれホッとした。
しかし、新しい現場に乗り込む時はいつもながら、イライラというか緊張感が増す。
特に今回の現場は、今までと違った仕様での工法になってくるので慣れるまでなんだか気が重い。
まあ、仕事があんまり空いてしまうよりはいいか…
かれこれ20年以上工事屋さんとしてやってきたけど、やっぱり工事は請け負いでやらないと気合いも入らないし、頑張ったぶんの対価を味わえない。反対に一般企業にお勤めするのと違って、安定収入もなければ、保証もボーナスもない。三桁近い実入りのときもあれば、ゼロのときもある。
まぁ言ってみれば、狩猟民族のような生き方かもしれない。家庭を持つのは向かないかもしれない。
でもオレはこういう世界が好きなんだろう。でなかったら独立なんてしない。

少子高齢化で、これからマンションの需要もそんなに伸びない気がしないでもない。
でもオレは自営でも雇われでもいいから、生涯現役でなにかしら仕事がしたい。
健康な成人が「社会にかかわる」という事は、仕事して税金を納めることだと思っている。
あとはそれぞれ個人差があるのだから、勝ち組だの負け組だのまわりがとやかく言うことではないだろう。

オレはひとつだけ人生を閉じるときの理想がある。たいしたモノではない、簡単でもないけどね。
「仕事をしている最中に、脳卒中か心不全で息を引き取りたい」という事だ。
そう、あの波平さんのように…



2014年1月5日日曜日

2014年


2014年がやってきた。

年末に久しぶりに友人にあったり、帰省して甥姪たちにお年玉配ったり、家族で温泉宿に行ったり墓参りに行ったりした。

オレ自身続けていることと言えば、高尾山を徒歩で参拝して古い団扇のお焚きあげと新しい天狗の団扇を購入するという行事だ。
高尾山も朝の7時前に登り始めればそんなには混まない。
ほとんどの人はケーブルカーを利用しているが、オレは2時間ぐらいかけて徒歩で登り降りする。
これからは信仰登山みたいな面持ちもあるかも知れない。息せき切って登らないことには自分の身体や気持ちも理解できないし…

そして帰りはまた相棒の霊園に新年の挨拶をしにいった。
毎度のことながら涙があふれてしょうがない。
年が変わったのだから、気持ちを入れ換えてスッキリとスタート!といいたいところだけど、なかなかそうもいかないみたい。

最近ちょっぴり自分で感じたのは、すこし人格がねじれてしまったのでは、という事だろうか…
泣いてない日の方が少なかったかな、っていう1年を過ごしてきて、急に浮世めいたところに出るとほんと、強く感じてしまう。
人々の幸せなニュースや、あれを買ったこれを買っただのという話題が正直言ってうとましく感じる。それはオレに対するあてつけなのか、とさえ思ってしまう事がある。
今までこういう気持ちになった事なんてなかったのに、自分で自分が嫌になってしまう…
こうやってあまり人を隔ててしまうのも良くないことなのはわかっているのだけど、どうしてもそんな気持ちが出てきてしまう。少しずつ直していかないといけないだろう。

そう、このあいだ甥っ子が実家のオレの部屋から手塚治虫の「火の鳥」を引っ張り出して読んでいて、オレも久しぶりに一巻めを読んだ。

邪馬台国を統治する卑弥呼に仕える防人の猿田彦。
彼は別の部族のナギという、親子ほど年の離れた血気盛んな若い男の子の弓の才能を見いだして、共に鍛錬するようになり、絆を深め、命がけで互いを守ろうとする姿が描かれている。
そして猿田彦はナギにこう言う。「卑弥呼さまに一心に仕えて30年が経ったが、オレに残ったのはばかさかげんだけだ、お前にはそうなって欲しくない」

オレはこのセリフを読んでドキッとした。なんだか今ある自分の姿と重なりあったからだ。
あまり自分自身、器用でもなければ今風の思想もない、ちょっぴり変わっていると思っている。
でもこういう世界もあるんだな、といううれしさが感じられた。

去年の夏に相棒が旅立つ何日か前、こんな言葉を口にしていたっけ…

「お前はオレに生きる勇気をくれた…」

病気の相棒と十数年、苦楽を共にして必死にやってきた。相棒をなくした今のオレには正直いって、ばかさかげんしか残ってないかもしれない。
でもあの人が遺してくれたその言葉だけでオレは生きていける気がするのだ。