2017年11月30日木曜日

行ってらっしゃい、おっかちゃん 1


11月1日

この日は仕事が半日で終わり、予定納税でも支払いに行くかと、チャリンコに跨って近所の銀行に向かう途中、携帯が鳴った。
表示は母から…

普段、こんな時間帯に携帯電話になんてかけてこない。
胸騒ぎがした。

携帯に出ると、救急隊員からだった。

「東京の息子さんですね。お母さんが救急で運ばれました。
心肺停止がありましたが、どうにか心拍は戻っています。
とても厳しい状態です。いずれにしてもすぐに戻ってあげて下さい。
病院の方から電話連絡があると思いますので…」

他にもあれこれと言っていたが、とにかく母が倒れてしまった。
姉に電話した。  出ない。
急いで税金を納めに行って、部屋に戻る。
もう一回姉に電話したら出た。

「おっかちゃんが心肺停止して蘇生して…」
そんな事を伝えている電話口の向こうの姉は、そりゃやっぱり慌てている。
姉も急いで宇都宮に向かったようだ。
俺は東北道をMTのカローラで、ずっと右車線のまま走って行ったように思う。

夕方に病院に着いた。
受付して救急の病棟へと案内される。
姉が先に着いていた。
面会はしてなくて、ざっくりと入院の説明を受けていたようだ。

どれぐらい待ったかな。
主治医の先生が待合室に入ってきた。
こんな風に回想しても、その時の相手の一言一句すべてなんて覚えてない。
とにかく先生は、「お母さんはとても大きな動脈瘤を持っていましたね。それが脳で破裂して心肺停止になり、救急隊員の措置で蘇生。病院に来てからまた破裂し、また蘇生しました。
今、脳の中は血だらけで、人工呼吸器につないで心臓を薬で無理やり動かしている状態です」
そんな文言を聞いている姉弟は意外と落ち着いていて、でもきょとんとしていた。

それから病室へと案内された。

ベッドに母がいた。

そこにいる母は紛れもなく俺の母なんだけど、
人工呼吸器で空気を取り入れ、薬で心臓を動かしている状態の彼女の顔や体に、
生命の覇気のようなものはない。
呼吸器の「シューッ、プスーッ……シューッ、プスーッ…」という、ただただ一定の動作音に合わせて、胸が上下しているだけだ。

母からふと目を外すと、病室の窓の外は茜色の空がきれいに広がって、ほんとに胸に染みわたってくるような夕焼けだった。
でもやっぱり俺は母の傍らに腰掛けて、目は涙であふれていたっけ…