2013年8月3日土曜日

ホッとした…



健康診断を受けたクリニックから、プチ肺がん宣告をされた後の数日はホントに憂鬱だった。
開業したてでもう人生を諦めないといけないのか、田舎に帰るしかないのか、年老いた両親にそんな事言えるか!等々、いろいろな思いが頭をよぎった。

そして肺のCTスキャンの当日がやって来た。
宣告したクリニックにはCTスキャンの設備がない為、少し大きめの病院にいく事になった。
紹介状と自分の3年ぶんのレントゲンを抱えて受付にいった。

しかし、こういった命にかかわるような病名を言われてから行く診察というのは不安でたまらない。
医者から何をいわれるのか、一人で治療やら入院の段取りをしなきゃならないのか、と、余計な事ばかり考えてしまい、どうしてもうつむき加減になってしまう。

そしていよいよCTスキャン。
丸いドームに体を突っ込んで、後はまな板の上の魚状態。
しばらくして、診察室からお呼びがかかる。
覚悟を決めて入る。
担当の呼吸器科の先生にご挨拶。なんだかあっけらかんとした顔つきで、
「今日はどうされたんですか?」と先生に聞かれ、
「クリニックから、癌の疑いがあるのでと言われ診察しに来ました」と答える。
すると先生は「これで癌と言われちゃったんですか?」と半ばあきれたような顔で言った。
CTスキャンした画像とレントゲンをオレに見せながら、「どこも異常は見当たりません、全く問題ないですよ」との返事が返ってきた。
オレはなんだかホッとしたような、ガクっと力が抜けたような状態でその言葉を受け入れて噛み締めた。
先生は、「もっと喜んでいいんですよ!」とまで言ってくれた。

「良かった、なんともないんだ」
そう思いながら、
クリニックの先生から受けた「癌です」という一言がすごく腹立たしかった。
早期発見早期治療、疑わしいものは罰せ、という考えもわからなくはないが、たったその一言がどれだけ人間に負担を掛けるのかわかってるんだろうか、プロならもう少しマシな対応があるだろうが!とさえ思った。
紹介状やCTスキャンだってタダではない。身銭を切って払うんだし、行政からもお金が出るのだろう。
人に不安を与えておいて取るものだけはチャッカリ取ってというやり方はどうなんだ?
程度のいい詐欺みたいなものではないか?
そんな事まで考えてしまうような一日だった。

「医者がすべてではない」
これは、亡くなった社長と医者や看護婦のやり取りを見ていて強く感じていた事だ。
最後に決断するのは自分であって、病院ではない。
例え、寿命が縮まったとしても、最後までどういった形で生命を全うするかはその人本人が決める権利を持っているのだ。

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