2013年11月29日金曜日

TOKYO MOTOR SHOW 2013


最近は請負工事も少し余裕が出てきた。

平日ならすいてると思い、自動車業界の最大の祭典であるモーターショーを見に行った。
実際に見るのは人生初。






10時に会場に着いたが、これで平日かと思うぐらいの人出。
特に滞ることもなくすんなり当日券で入った。
どこに何を展示してあるのか良くわからないままブースに突入。



会場はとにかくすごい人で熱気がムンムン。
これで日曜日なんかに来たらどうなるのか。
メジャーな車メーカーのブースは各々のコンセプトを掲げ、様々なスタッフを投入してアピールしている。ライブコンサートのような映画のような学園祭のような
これでどこが不景気なんだといわんばかりの活気だ。




二輪も好きな俺としてはやっぱりバイクにも目がいく。





こういうところではお決まりのコンパニオンも華をそえている。






トミカのブースでは子供が目を輝かせて…

 
 
 
 
FUSOはメンテをアピールし巨大なトルクレンチ



いろいろなパーツメーカーも奮闘していた


最初は会場の規模に圧倒されていたが、いざ回ってみると以外と出展していないメーカーも多い気がした。フェラーリもなければキャデラックもフォードもない。
全体的に地球環境とか安全などに配慮した雰囲気だ。
まあ、これから来る超高齢化社会の中では自動運転やら水素で動く車も現実となっていくのだろう。
「自動運転の車なんてそんなの電車と変わらないだろ」って思ったりもするけど、おじいちゃんおばあちゃんが運転する事を考えると、それが正解なのかもしれない。

3時間ぐらい会場を歩いたけど、初めてというのもあってすごく楽しめた。
また来ることがあれば、その年その年の変化を見ながら眺められたらいいな。

帰りは相棒の眠っている江古田の霊園にお参りして家路についた。

2013年11月27日水曜日

ランクス メンテ 2



ショック交換の続きをやってみた。

このあいだはフロントの右だけ一本やったので、今度は左側。
要領はだいたいわかったのであっさりと終わった。

次はリア。
内張りをはがす順番がいまいちわからず、半ば強引にはがして内装材が随分割れてしまった。
リアショックの頭が出てきた。

 
 
















ロッドに六角が切ってあるので、六角レンチにヤトイを掛け、スパナと2丁がけで緩めようとしたら、6mmの六角レンチがねじれてしまった。へたしたら20年ぐらい前の六角レンチだったからもう駄目みたい。
仕方なく近所のホームセンターまで買出し。
新しい六角レンチで回したらすんなり回った。
ストラットを摘出して新しいショックを組み付ける。

もう片側をやるのはかったるかったが、勢いつけてそのまま作業継続。
5時間弱かけてフロント1本リア2本を交換した。
リアの内張りはあとで増し締めしたいからそのまま放置。
はずしたショックはセコハンのお店に持って行ったらタダで引き取ってくれた。
お店までの道中は新しいショックでの走行となったけど、やっぱり気持ちがいい。
道路の段差や継ぎ目を越えた時、以前は「グシャ!」って感じだったけど、それが「ダンッ」に変わった。高速を走ればもっと違いがわかるだろう。

ショック交換の構想を練って、ショック本体とインシュレーターを調達して交換が終わるまでひと月ぐらいかかった気がする。
こんなもんお店に頼んでやってもらえば済むのに、何やってんだか…

ただ最近思うのは、19mmあたりのきついナットを緩めたり締めたりというのはとても骨が折れる。
「骨が折れる」という言いまわしが身に染みるというか、へんてこな体勢での整備は踏ん張って骨折か脳卒中にでもなってしまう感じがする。
ガレージでもあって、趣味の車をゆっくりイジる環境があればいいけどそれもまた夢の世界。
そろそろこの辺の作業はやめた方が良いのかしら…


2013年11月25日月曜日

ランクス メンテ 1



9月半ばに購入した、カローラランクス。
70日ぐらい経ったけど3700kmとずいぶん走った。

仕事やら帰省やら山道やら、どれを取っても使い易い。
高速道での俊敏性もピカいちで追い抜きもラクラク。
軽いボディと2ZZの組み合わせだから、バイク並みの加速をする。

ただやっぱりショックが仕事をしてない感じがあって、車体がフワフワガタガタしている。
これだけは換えたかったのでいろいろ調べてみたが、モンローとKYBぐらいしかない。
もともと純正からローダウンコイルのグレードだから、KYBのローファースポーツが良さそう。
フィールダー用の品番だがランクスでも形状は全く一緒のようだ。

早速ネットで取り寄せしてDIY交換を試みる。
ストラットはどうにか取れたけどフロントショックのナットが回らなくて断念。
カローラ店に持ち込み交換をお願いし、いざ交換となったその場でトムスのホイールが少しはみ出ているとの指摘を受け、交換を断られてしまった。
その他の大型店や町のショップに持ち込み交換を問い合わせてもパッとしない対応。
こんな事をやっていると、「やっぱり自分でやろう」という気持ちが再燃。
なのでDIY交換を再チャレンジ。
ショックのナットはストラットをはずす前に緩められる事がわかったのでやってみた。
片側だけジャッキアップするとスタビの応力でリンクバーがはずれない事は前回苦労して習得したのでなんなくストラットをはずし、バネをコンプレッサーにかけてやっとこさショックが取れた。




TRDスポーツMの車両には純正でモデリスタの足回りが入ってる。
グリーンのショックがその証で、筒体にはKYBの刻印が入っていた。
新品のローファースポーツの方がちょっとだけロッドの長さが短いショートストローク。
コイルがもともと短いからグリーンの純正ショックもショートなのかと思ったらそうではない。
ブルーのニューSRでも問題なさそうだ。

新しいインシュレーターは用意しておいたので、付属のナットとバンプラバーを使い
無事に組み付けを終えて車両に装着。
13万km越えの古いショックは押しても戻りがすごく遅くてフニャちん状態。
もう片側をやる時間がなくなってしまったので、右前だけ新品ショックが入った。
ショートストロークにしても車高が下がる事もなくひと安心だ。




以前乗ってたマスタングもショックを換えただけで劇的に乗り心地が良くなった。
古い車はショックを換えてやるだけでかなり変る。
日本は、「足廻りを弄る=ローダウン」みたいなところがあるけど、
バネを換えるよりまずはショックをリフレッシュした方が車は生き返る気がする。

いっぺんに換える時間がないので、フロントリアを何日か掛けて換えていこう。
DIY交換も一時断念したけど、とりあえず一個だけでも換えられて良かった。
ショップに頼むと5万円も持って行ってしまう。
DIY整備は安全第一でやらないとそれなりの危険もあるが、達成感があるし勉強になるし車がボロでもこうして愛着がわいてくるんだ。

2013年11月7日木曜日

一年の三分の一


社長が逝ってもうすぐ四ヶ月が過ぎようとしている。
あの時の夏も例外なく暑かった。
仕事も気違いみたいに忙しかった。
蒸し風呂みたいな現場の中でただ呆然と体だけが勝手に動いている状態だった。
泣きながら仕事をしてた。
しばらくすれば落ち着くと思った。
でもいまだに夕立みたいに突然悲しい気持ちがやって来ては過ぎ、やって来ては過ぎ、
この繰り返し。
男のくせにいつまで泣いてるんだという状態。

仕事はまあどうにかそこそこ稼いでる。
自分の時間もそこそこ持てるようになった。
住まいや車や趣味やらもう少しグレードアップしたらどう?っていうぐらい質素なままだけど、あんまり欲が沸かない。

なんでオレだけしゃあしゃあと生きてるんだろうって思う。

あの人と過ごしてきたた永い時間は、辛く厳しい事もとても多かったけどすごく充実していた。
貧乏でもなんだかあまり気にならなかった。
 
「オレがなんとかしなきゃ」、っていうスイッチが勝手に入って頑張れた。

でも今はとっても静かになってしまった。
一緒に出掛けたり、飯を食べたり、しゃべったり、見たり、聞いたり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、
なんでもない事のようだけれども、たくさんの事を共有してきた。
死というのは、そういう物をいっぺんに全部持って行ってしまう。
せめて会話するぐらいできないのか、って想ってもできない。
笑顔も見れなければ声も聞けない。
何にもできない、ただ心の中で想い出すしかできないのだ。

こういう想いをいつまで味わえばいいんだろう。
いや、消えてなくなる事はない。やっぱり背負いながら生きていくしかないんだ。
でも日が経つにつれて辛い想いも和らいでくるのだろうか…

悲しい想いが続くのも参ってくるけれど、日が経って想いが薄れてしまうのもそれもまたすごく寂しい気がする。

いったいどうしたらいいのだろう
どうすれば気持ちが晴れるのか
どこに心を置いておけばいいのかがあまりわからない

自然に身を委ねるしかないんだよね、とりあえずは…




2013年10月27日日曜日

檜洞丸


船ではなくて山の名前

台風一過の今日は西丹沢に行ってみた。
東名の大井松田を降りて30kmほど走り、西丹沢自然教室駐車場に到着。




天気も上々、おにぎり食べて6:30に山行開始。
ゴーラ沢に向かうルートの登山口から入る。
いきなり道がわからない。
少し沢を行ったら入り口を見つけた。
ゴーラ沢にたどり着くが、沢を渡るルートになっている。
だけど、台風のせいで増水してるので渡れない。
仕方ないので登山靴と靴下を脱ぎ、はだしで沢を渡った。
こんなの初めて、冷たい!









沢を渡りひたすら登っていく。
特に難所もなく進むと、上の方は木道がたくさん整備されている。











富士山を背にしながらどんどん登る。

標高1500m近くなっても今日は穏やかで暖かい。
ほとんど人に会うこともなく頂上に着いた。
しばらくすると単独で男性が登って来た。
しばし二人で山の談義を交わした。
とても感じのいい方だった。
こういうちょっとした出会いは一服のいい清涼剤になる。

お約束の頂上でのおにぎりとお茶をいただき、犬越路のルートを行く。
今度は山を正面にしながらの尾根歩き。
一気に視界が開け、高度感もあってすごく爽快♪



このルートは途中スリリングな所もあって、慣れてないと少々恐いかも…
鎖場もあったりしておもしろいけど、ちょっぴり感じたのは登山道を見失いやすいところが多いことかな。あんまりヘラヘラ歩いてると迷いそうだ。


下まで来るとふたたび沢沿いを歩く。
山の水はほんと澄んでいる。




来週はもう11月だけど、緑のカーテンもまだ綺麗だ



と、
なんやかんやと出発した教室まで無事降りてきた。
6時間かけて13kmほど歩いただろうか。
最近感じるのは、足が思うように上がらない。
良くつっかかって転びそうになる。まあオレもいい歳だからな…

でも今日の山はなかなか面白かったよ。
次はどこを歩こうか…


2013年10月12日土曜日

がっかり


前から登ってみたかった八ヶ岳。
天狗岳行きを決めて夜中に出発。
諏訪南ICを降りて、白駒池の登山口を目指した。
途中から濃い霧が発生して、登山口駐車場に来たときは風も強くてとても天候が悪い。
登ってるうちに晴れるだろうと思い身支度してAM6:00ごろに登り始めたがあまり回復する様子もない。
原生林に入ると風も収まるが、高見石にきた頃には霧も風もかなりひどく、木々のしずくが雨のように降り注ぎはじめた。

「降りよう」
そう決めた。
眺望が望めそうにもないし、どのぐらいで天候が回復するかもわからない。
気ままな単独行だから、無理するつもりもない。
原生林ハイキングだけして八ヶ岳を後にした。

中央道に乗り、八ヶ岳PAまで来たころに見上げる八ヶ岳は風は強いがピーカンに晴れ渡っている。
すごく後悔した。
でもしょうがない、自分で諦めたんだから文句は言えまい。
またリベンジしよう、そう思った。

高見石までの原生林はとても綺麗だったけど、ピークを踏めないがっかり感の方が大きかった。
まあ、こんなときもあるわさ…




2013年10月8日火曜日

五十日祭と東山魁夷


先日、宇都宮に帰省した。
オヤジの五十日祭があるのだ。
月日の流れは早い。

オレは時間を作って一日早く帰った。
お袋と少しでもいれればと思ったから。

よくよく考えると、もし今でも社長が生きていたら、オレはこんなに自由にお袋のいる田舎に帰れたのだろうか…
社長、オヤジと立て続けに亡くしてしまったがちょっぴり不思議な因果関係があるような気がしてならない。

法事の前日、お袋と二人で昼飯を食いに出かけ、帰りにドライブがてら宇都宮美術館に寄ることになった。
「東山魁夷をやってるから」とお袋。
「東山魁夷、何それ?」とオレ。
「日本の有名な画家だよ」とお袋。

なんでも川端康成と深く関わっていた人らしい。



パソコン上の写真では何にも伝わらないが、館内を歩いているうちに数々の絵画にどんどん吸い込まれていった。
とても美しい絵だったから…

山や木々を題材にした作品が多かったけど、実際にみる絵の息吹や力強さ、なんとも言えない色彩、山のちょっぴり湿気を帯びてひんやりとした空気感まで伝わってくる。
ある意味自然の風景をも凌駕しているぐらいに綺麗だ。
でもそこには自然を愛して畏敬の念を持ち、変に出しゃばらない謙虚な姿勢もあるようにオレには見えた。
どう表現したらいいかわからない、五感で描いてる感じだろうか…

うちのオヤジの家系は代々絵描きが多いらしい。
オヤジ自身も生前よく油絵を描き、展覧会に出したら英国の女性が是非売ってくれと言ってくるぐらいの腕前があった。
オレはオレで昔から絵や写真を見るのは好きだったし美術の成績は良かった。
誰に強要されたわけでもない。
なんの気なしに行った美術館だったけど、すごくいいものを見させてもらった。



そして日付も変わり、朝は空も少し雨が残っている感じ。
騎西の玉敷神社でオヤジの五十日祭と納骨が行われ、オヤジは千の風になり旅立っていった。

当たり前だがお袋はとても寂しそうだ。
なんせ六十年も連れ添ってきたのだから…
旦那が死ぬと急に元気になる奥さんも多いって聞くけど、オレにはその感覚は良くわからない。
それこそ絆もヘチマもないのではないか。
誰だって永く連れ添った人に逝かれたら、我が身から心臓をえぐられるぐらいに悲しいものだ。
その悲しみだってちょっとやそっとの月日では消えないんだから。

お袋と実家の祭壇を片付けて、オレは東京へと戻った。
あまりほったらかしにも出来ないから、時間を作ってまた里に帰らないとな…